100日後に結婚する女 −あたなは誰?−

京都市内に住む38歳の中谷麻美(なかたに あさみ)は、ごく普通の生活を送る独身女性だ。職場ではそれなりに信頼され、友人との付き合いもある。けれど、年齢を重ねるごとに増していくのは、結婚に対する焦りと不安だった。

「次の誕生日を迎えるまでには結婚するぞ」

麻美の友人たちは、ほとんどが結婚している。休日にランチやディナーを共にしていた仲間たちは、子育てや夫婦の時間に忙しくなり、集まる機会はめっきり減った。気軽に晩御飯を誘える相手が少なくなった今、唯一の婚活仲間である沙織だけが心の支えだった。

「私たちいつになったら結婚できるのかな」
「んー、、、そもそも、できるのかな。笑」

婚活中の二人は、仕事終わりや週末になると会っては傷の舐め合いをして慰めあっていた。

麻美自身も、少し前からマッチングアプリ「Omiai」を使って婚活を始めていた。これまでに彼氏がいなかったわけではないし、恋愛経験もある。それでも結婚には至らず、いつの間にか38歳。自分も、いずれ自然と結婚できると思っていたけれど、現実はそう甘くないことに気づかされていた。

そんな麻美の最近の楽しみは、アプリでマッチングした佐藤さんとのメッセージのやりとりだった。

佐藤さんは大阪在住の41歳。不動産関連の仕事をしていて、年収は700万円から1000万円と記載されている。写真を見る限り、爽やかで清潔感がありながら、少しワイルドな魅力もある。正直、麻美のタイプど真ん中だった。

趣味や考え方も驚くほど似ていて、メッセージのやり取りはいつも盛り上がった。仕事のこと、休日の過ごし方、好きな映画や本の話……話題が尽きない。「もしかして運命の人かも」とさえ思った。

そして、ついにその佐藤さんと会う日がやってきた。佐藤さんが予約してくれたお店は、京都駅近くにあるしゃぶしゃぶ専門店「瓢斗(ひょうと)」。京都ならではのお出汁で食べるしゃぶしゃぶが評判のお店だ。大阪に住んでいる佐藤さんが、自分のために京都でお店を探してくれたことが何より嬉しかった。

「写真通りの佐藤さんだったらいいな……。」

待ち合わせ場所に向かうと現れたのは、私が知っている佐藤さんの10年後の人だった。
写真にはあった黒くてふさふさした髪は無く、代わりに残り少ない真っ白の髪の毛だった。
服装は清潔感があるものの思ったよりダンディーすぎるおじさまで戸惑いが隠せない。

「人違い……だよね?」

そう信じたかったけれど、その人は間違いなく麻美の名前を呼んだ。

「中谷さんですか?佐藤です。」

ガーーーーーーーーーーーン。

本人だ。嘘だろ。嘘だと言ってくれ。

麻美のテンションはだだ下がりだったが、すぐに帰りたいとは言えず、そのまま店内に入ることに。しゃぶしゃぶは期待通り美味しかったけれど、それ以外の時間は正直苦痛だった。

佐藤さんは綺麗な服を着ているし清潔感だってあるが、ただ少し口臭が気になる。あんなに盛り上がっていたメッセージが嘘かのように盛り上がらない会話。多少の写真詐欺はこちらも経験済みだ。麻美だって多少盛れた写真を使っている。

だが、これは盛れたレベルではなく確実に犯罪レベルの写真詐欺だ。別人すぎやしないか。

そして極めつけは、会計のときだった。佐藤さんが支払いを済ませたあと、店員さんに領収書をお願いした。その際、名刺を渡したのだが、その名刺が手から滑り落ちて床に落ちた。

「あっ。」

そう言ったきり、佐藤さんは名刺を拾おうともせず、店員さんに「すみません」と言うこともなく、そのまま麻美に話しかけてきた。

「それでね、中谷さんの好きな映画って?」

名刺を拾わない佐藤さん、店員に対して無関心な態度――そんな彼の姿に、麻美は「この人はない」と思った。外見がどうこうではなく、人として思いやりが感じられないことが何より無理だった。

帰り道、麻美はぐったりと疲れ切っていた。

「こんなことなら、家で一人で鍋でもしてたほうがマシだったな……。」

結婚への道のりは、まだまだ遠そうだ。

(続く)